雨降り猛き衝動

はい、昨日の夜は更新できませんでした。すいませんでした。今日長く書くので許してください。今後気を付けます。

作業に集中すると、他のことが気にならなくなる。というよりかは、それくらい集中しないと何もできない。気がする。
私は目下プログラミングやその他もろもろを趣味として勉強中であり、暇な時間はSNSやソシャゲを除いてそれらを勉強する時間に充てている。最終的にはそれらを複合した総合的な作品として世に出し、評価を得たいと思っている。具体的に言うと、ゲームだ。
ゲームは作品として、イラスト、文章、デザイン、操作性、プログラミング等が求められ、プレイヤーは操作を通じて作者の意図を汲み取る。また、ゲームの宣伝のためにマーケティングやCM製作力が必要となる。つまるところ、双方向性を備えた総合的な芸術作品に昇華できる、と考えている。いつか、それらすべてを一人(もしくは+2人程度?)で製作し、世に送り出したいと思っている。人前に出すことに対して恥じらいがないレベルにまで腕を上げるために日々奮闘している(怠けることも多々あるが)。

そんな生活をしているためか、日常における重要な行動をすっぽかしてしまう。スーパーへの買い出しを忘れたし、洗濯も忘れた。洗濯については、洗濯機を回したが、取り出すのを忘れたため、洗い直しだ。水道代…電気代…。
ただ、おかげさまで趣味に対して一つコツを掴めた気がする。まあ、これも勉強代だと思って割り切るか。

数年ぶりの友人と話した。音楽と仕事の話が中心だったが、やはり音楽の話で盛り上がれたのがものすごく嬉しかった。
仕事の話は勿論だが、音楽の話も職場では中々できない(=共感者がいない)ため、音楽の趣味が似ている人と話せることに対する喜びを数年ぶりに嚙み締めた。やはり学生時代に培われた感性は今になっても大切なモノである。新しいモノを取り入れることも忘れずに、古きモノも大切にしていこうと思った。また是非ゆっくりと話したい。

友人と話した後、何か整理できない衝動に駆られて外に出た。雨が降っていた。家に引っ込んだ。気持ちだけは外に置いてきた。
今頃海辺にでも到着して、見えない月を眺めて日の出を待ちわびているのだろう。肉体は風邪をひかないように家にいます。
こういったときに衝動を抱ける人間であり続けたい。それだけ良い刺激を得られた証拠となるから。衝動なき生活は私にとってはあまりにもつまらないものであるだろう。もっと衝動を。毎日刺激を。流行のその先を走りたいのだ。

心は月を。体は太陽を。衝動を放ち。殻を破き光を臨む。いつからも変わらぬ答えはそこに。

冷静に考えると、今やっと僕が望む環境が手に入ったように思う。学生のころは金がなくて十分な機材がなかったし、今までは仕事の側面が忙しくて時間が取れなかった。今はその両方がそれなりに確保できる。
学生のころからの夢を叶えるのは今だ。翼を持ちて羽ばたけよ朱鷺園。


話変わって、(昨日更新しなかった人間が言うのもアレだが)毎日こうやって文字を起こすことで、思考する癖がついた。気がする。今日は何を書こうか。ショート小説が良いかな。いや、今日は他にネタがあるからそれを書こうかな。何かネタを探しに出かけてみようかな。文章表現はどうしようかな。いつも見ている事象に対して、新しい視点を取り入れて面白く表現できないかな。こんな具合である。
例えば、仕事疲れて家に帰って寝落ちした。という日があったとしたら、文字に起こさなければ「今日も疲れた。明日も仕事。面倒臭い」という負の感情が脳ミソにカーテンをかけて終わってしまうが、文字に起こすとなると、「なぜ疲れたのか。寝落ちした表現を面白くできないか。明日の面倒に対して何かアプローチできないか」など、どうやって表現するかを基本に据え、常に興味と笑いを意識するようになった気がする。
この着眼点、表現が独りよがりのものではなく、1人でも多くの誰かの共感・笑いを誘うことができたのであれば、それはもう僕は立派に胸を張って「続けてよかった」と思えるのだろう。もっと夢に貪欲で良いのだ。

こんな具合で、僕は将来の夢を抱きながら、そこに向かって明日からも現実を征き続けるのである。戦の跡地に我の亡骸が無いよう。

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