レトロフューチャーイヴイズリアル?

「経済学部棟C教室はどこですか?」「共通学部E棟は?」このような会話は、この時期キャンパス内で飛び交う。今は桜咲く4月。新入生が長く苦しい受験生活を終え、胸ときめかせながらキャンパスライフに理想を描くボルテージマックスの時期である。この時期は新入生が男女問わずオシャレに力を入れているため、クッタクタのシャツを着まわしている私には肩身が狭い。
広い大学構内をオリエンテーションですべて把握できるわけもなく、上述したような会話が授業の合間に聞こえてくる、というわけだ。構内の正反対の教室の場所を聞かれるなんてこともあるから、教えるこっち側も心苦しい時がある。
もっとも、学部5年生(一留)であり、卒論研究以外はすることがない私にとっては休憩時間も授業時間も区別なく、気まぐれにフラフラと構内を散歩しているだけであるため、聞かれたら気前よく教えてあげるし、聞いてきた人が同じ学部の新入生なら一緒に教室前まで案内して、教授の特徴や試験対策等、先人としての知恵を教えられるだけ教えている。
今ほどまでも共通学部A棟の大講義室3まで新入生を案内していたところである。棟内の自販機コーナーで一息つき、「自分もここの講義室で授業を受けたなぁ、一番右列の前から5番目が自分の定位置だったなぁ、今は誰が座っているんだろう」みたいなことをぼんやりと考えていた。隣の自販機で男がチャージ式学生証でお茶を購入していた。お茶を自販機から取り出すや否や私に話しかけてきた。
「あの、すいません、共通学部C棟7階f教室を探しているのですが、どちらにあるかご存じですか?」
髪はボサボサ、髭は2日ほど剃っていないであろう無精髭、服もテキトーなTシャツ。荷物はサラリーマンが持つようなフォーマルなカバン一つ。どう見ても新入生には見えない。が、聞かれたからにはこたえなければならない。えっと…共通C棟の…7階??
「共通C棟なら向かいの棟を真っ直ぐ進んで出た出口の正面にありますが、7階はなかったはずですよ?6階建てだったはずです」
「ええ?でも次の授業場所は確かに共通C‐7‐fって言われたのですが…まあ、とりあえずC棟へ行ってみます。ありがとうございます」
「少し気になるのでついて行っても良いですか?」
「構いませんよ」
C棟までは徒歩5分もかからない。男は花谷と言い、今は学部3年生らしい。情報工学部に所属しているが、他の分野の授業にも興味があるらしく、こうして一人で授業を受けることもしばしばあるとのことである。わざわざ学生証まで見せてきて、「こんな見た目ですが、現役合格なんですよー」なんて言ってきた。たしかに彼の風貌なら2浪くらい疑われても仕方ない。サークルの新入生歓迎会などは新入生に見られず、自分だけビラが渡されなかったなどと嘆いていた。
そんなこんな他愛ない会話を続け数分、C棟に到着し棟内案内図を見る。
「やっぱり6階までしかないですね」
「1..2..3..4..5…6…窓もやっぱり6階までしかないですね…」
「まあ、とりあえず入りましょう」
階段を使って1段1段確認しながら階を上がっていく。6階に到着すると、上に続く階段はなかった。
「やっぱりないですね、7階」私が花谷に言った。
「時間的にも授業が始まってしまいましたし、後ほど担当教授に連絡を入れ、教室の場所の案内図でも送ってもらいます。」
「…もしよければなんですが、授業名と担当教員名を教えていただいても?」
「ええ、梁州循環倫理エーテル学概論で、教員は谷俣河外という方です」
「………………??????????」全く理解できなかった。「それ、本学の授業ですか?そのような名前の教員も聞いた覚えがないのですが」
「ええ、本当です」彼はスマホの画面を私に見せてきた。たしかに本学の履修登録システムに彼が言った通りのことが書かれている。
とりあえずこの場で解散となったが、後日花谷は他の生徒にも同様のことを聞きまわっているらしく、構内で彼と共C‐7‐fの噂はすぐに広まった。
このうわさが広まると同時に、私は一つ気になった。なんで彼に関する情報が一切出てこないのだろうか。いくら学部内で孤立気味とはいっても彼の知り合いは一人くらいいるだろう。演習科目とかで同じ班だった、とか。さらに、彼が取ろうとしていた授業に参加している生徒もいない。「彼はここの学生じゃなかった」とか「その授業自体無くて、彼のでっち上げだった」とか反論されそうだが、私は彼の学生証も、授業内容のシラバスも彼のスマホで見た。彼の盛大な悪戯である可能性も考慮し、SNSや動画サイト、ネット掲示板等探したが、そのような書き込みは見当たらなかった。
情報学部の友人に彼の存在を聞いてみた。「ああ、その噂ならこっちにも届いているよ。でもさ、変なんだよ」
「何が?」
「そんな生徒は3年どころか、この学部にいないんだ」
「え?」
「さらに、彼は情報工学部と名乗っているのだろう?でもここの大学、情報学部と工学部は別だし、情報工学なら情報学部の中のイチ分野として位置づけられている。彼は本当にこの大学の生徒だったのか?」
「学生証は見たけど、確かにうちの大学のモノだったし、偽物でもなかったよ、彼はそれで自販機で飲み物を買っていた。」
「まあ、情報工学とかに精通していりゃそれくらいは作れなくはないんだろうけど、いたずらにしては手が込みすぎているな、そこまでして構内に変な噂を流す目的が皆無だ。多分彼は嘘はついていないだろうね。二重人格とかでもない限り」
……..存在しない生徒が存在しない教室で存在しない授業を存在しない教員から教えてもらおうとしている….自分の世界の外側の話ならどうぞ好きにしてください、私とは関係ないです、で済む話なのだが、かかわってしまった以上このままではいささか気分が悪い。
彼は今はどこで共通C-7-fを探しているのだろうか?

※この物語はフィクションです。

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