老害⇔若害

老害、という言葉が世間一般的になってからしばらくたつように思う。しかし、若者はすべて正しいのか。中間管理職は上にも下にも気を遣ってより肩身が狭い、というニュースも見た。正直、ただ単純に若者のワガママが過ぎる部分もあるのではないか、と思う。
こんなことを書くきっかけになってしまったことが今日あったのだ。私が道を歩いていると、歩道を横に拡がって歩く学生が二人。(一応、私が右側、相手が左側通行であった)。相手のほうが若いし、私のほうが車道側を歩こうと、私は歩道の左側に寄った。流石にこれで相手は私を避けるように動くだろう。そう思った。しかし、相手は一向に避ける気配がない。ついに私の目の前に来るまで避けずに直進してきた。私はぶつからないように途中で歩みを止めたが、相手は本当にギリギリまでずっと歩いていた。こちらに気づくと、少しだけ私の顔を見て、何も言わずに避け、何事もなかったかのように二人で話しながら歩いていってしまった。
なんとなく察すると思うが、二人は歩きスマホをしていたのである。反対側から歩いてきた私に直前まで気づかないということは、ずっと画面を見ていた、ということである。歩きスマホ自体ダメだけど、流石にチョコチョコ顔上げて安全確認くらいしろよ。そして何も言わずに去るなよ。「あ、ごめんないさい。」くらい言えよ。
先日、歩きスマホをしながら道路を渡ろうとして、ぶつかりそうになったバイクが無理矢理止まろうとしてスリップし横転したが、横断者は何食わぬ顔で行ってしまったという動画が話題になった。さらに、歩車分離式の交差点でバスだったかの大型車が左折しようとしたところ、赤信号であるはずの歩きスマホ横断者が渡ろうとして事故になった、というニュースもあった。一切顔を上げずに前方不注意になってしまうほどスマホの何に夢中になってんだよ。
古い考えのまま時代に取り残されつつも、それでも自分が正しいと声高に叫ぶような人を老害と呼ぶ文化もわからなくはないが、その裏には若さによる社会に対する未熟さから発生してしまう若害もある、ということを肝に銘じて生活していってほしいものだ。
歩きスマホをしてぶつかる若者もいれば、ちゃんと前を向いて注意しながら歩く若者もいる。裏を返せば、時代の波に乗って最先端なオジサマオバサマもいるということだ。数十年後、イケイケな年寄りになっていたいものだね。

ああ、帰りに寄ったコンビニの店員さん、名札にトレーニング中のマークがついていた。高校生か大学生くらいに見えた。私がたくさん買ったのが悪かったのだけれど、最後に「お待たせして申し訳ありません」だって。あなたは全然悪くないよ、たくさん買ってごめんね、袋詰めありがとう。頑張ってね。の気持ちを込めて、個人的最高の笑顔で「ありがとうございました~」って言って店を出た。

世代を1つの属性としてくくるのはあながち間違っていないとは思うけど、その属性で性悪か否かを論ずるのはすごく甘い考えだね。

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