ものてつ!!

「物事に対する深い理解はもはや哲学領域となり得る」略して「ものてつ」。
最初はフルでタイトルにしていたのだが、長く、それだけで物事を説明できてしまう様が近代ラノベのようで敢えて避け、少し前のアニメタイトルにありそうな略語形式でタイトルとさせてもらった。
本題。
「理解する。」…一体どのレベルで?例えば、ほとんどの人が一度は見たことがあるだろう「となりのトトロ」。話の流れは理解しているだろうが、一つ一つのシーンに込められた意味やメッセージ性。それについて(オマージュ元等も含めて)理解しているという人はかなり限られるだろう。もっとも、私自身もそこまで深く語る人を見たら、感心すると同時に「それはスタジオジブリの公式見解なんですか?あなたが勝手に理解したふりをし、その思い込みで他者に委ねられている解釈性を固定させてしまっているのではないですか?」と牙をむいてしまうだろう。
次の例。「数学」。大学レベルの専門的なことはまだしも、「高校レベルまでなら何とか」と回答する人や「中学レベルなら難問でも解ける」という人は多いだろうと思う。統計はとっていないため、周囲の人間全員が大学レベルの数学を理解している可能性も否定できない。私は大学レベルの数学は理解の「り」くらいまでが関の山だろうな。
で、数学の理解度。中学高校で習うレベルの公式の証明や、それが発見された歴史的背景及び証明に至るまでのストーリー。数学を応用させた難問。どのレベルで「理解」しているのか。
駄菓子の味。例えば、10円ガムコーラ味。なんとなく味を覚えている人は多いのではないか。3人での会話例を下に置く。
「この新作お菓子、昔の安いガムのコーラ味に似てるー」「どれどれ…あーたしかに似てるかも。言いたいことわかるわ」「それじゃあ私も一つ…。いや、あの10円ガムコーラ味と比較して糖類は控えめでその分香味料が多めに使われている。さらに、この味の抜け感だとアセスルファムkの使用量としては….」
おい3人目。なぜそこまで正確に10円ガムの成分を味覚を通じて「理解」しているのだ。

数例挙げたように、日常会話における「理解」とは、どうやら「常識」という概念と似たり寄ったりなのかもしれない。共通の話題をする際に必要となる最低限の知識。これが日常的における「理解している」の意味だ。
対して、それ以上の「理解」となると、どうも専門的な内容になってくるのは明白そうである。大学数学を学んでいると、「これ以上のレベルの数学はもはや哲学」なんて言う言葉もしばしば聞いたものだ。たしかに「無限と0の概念を含むと、現実では起こりえないような結果が2次元上に表示される」ということは知っているが、それが「数学=哲学」と言われる所以か否かは私自身理解していない。ただ、多分そういうことだろう。と無理に理解したつもりになっているだけだ。

科学的事象の解明、という観点では明確に理系分野(文理を区別するのはあまり好まないが)に分類される学問であっても、「なぜその学問を学び、自分は何を為し、何と成るのか」という動機においては皆哲学しているのだろう。故に、哲学者と呼ばれる方々は明確に自己と世界の対話を試み、後世に残した人物であるため、自己を弄るという意味で彼らの言葉を学んでみても良いのではないか。

…ここまで言っておいてアレなのだが、私自身は哲学専攻者ではないし、なんなら「哲学」の意味すらまともにできない人間だ。
でもさぁ、日常会話で「哲学って何?」って聞かれたら「ええと…まぁ、自分の存在と他の存在について対比したり同質のものとして仮定したりして、それらをどう解釈し、この社会の中で生きていくべきか、について考える学問だよ」とでも言うんじゃないのよ?
それを上で述べたような「一般常識的な理解」って言うんじゃないですかね!?
仮にこのページを専門の方がみていて、鼻で笑っていたらごめんなさい。どうか正しい「哲学」の「理解」を私に教えてください。

コメントを残す